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忘れていた「貧乏魂」

去年、7月9日付のブログ記事に、自分のこれまでのお金遣い・浪費癖について、「懺悔」するような文章を書いたことがある。


あれから半年以上経つが、自分が「無駄遣い」の性根を入れ替えたかというと、決してそうではない。
今でも、デパートやお店に立ち寄り、ちょっと可愛いものを見つけると、「あ、可愛い! 買っちゃおうかな」と魔が差すことがある。

危ないところで「おっと、いけない!」と我に帰り、衝動買いの一歩手前で踏みとどまる、という感じなのだ。
買わないのは、今、本当にそんなお金がないからだ。

7月9日の記事に、私はこんなことを書いた。


【 私はもともと貧しい家庭で育ち、「質素倹約」が口癖の母のもと、贅沢な買い物とは無縁の少女時代だった。
しかし20代になって就職し、自由に使えるお金(ボーナスを含めて)を手にすると、少しずつ金銭感覚が狂っていったようだ。

それまでは手が届かなかった品物が、お金を払えば手に入る、という快感に酔ってしまったのかもしれない。

今は「買い物依存症」という言葉も広く知られているが、当時はまだほとんど聞かなかった。

でも、あの頃の自分を思い返すと、買い物でしか仕事のストレスやプライベートな悩みを忘れることができない、まさに「買い物依存症」だったに違いない。】


「買い物依存症」の人が買い物をしている時は、辛いことやストレスからも解放され、脳内には「高揚感」をもたらす物質が大量に放出される、と聞いている。

あの頃の私は、「物を買う」ことで満たされない心を埋めようとしたのだと思う。
今だって、好きに使えるお金が無尽蔵にあれば、あの生活が続いていたかも知れない。

しかし、無計画・無軌道な浪費がたたり、一昨年とうとう我が首を絞める事態となった。(自分の恥なので、具体的には書かないが…)
それからは、洋服や装飾品などは、「本当に必要なもの」だけ購入するようになった。

今、振り返ると、お金をドブに捨てるようなことを沢山してしまった。
しかし、かつては自分もお金を大切に遣い、3万円の買い物をするのに、一大決心が要ったのだった。

(大学4年生の冬、どうしても欲しくて買った「緑色のカーディガン」)


私は大学時代、奨学金と家庭教師のアルバイトで、自分の生活に必要なお金を得ていた。
母からは、大学進学してからは、全くお金を貰わなかった。

自宅から通学していたので、家賃などは要らなかった。それでも、自由に使えるお金は決して多くない。
洋服やアクセサリーは、安くて見栄えの良い「掘り出し物」を頑張って探し歩いた。

ちょうどバブルの時代、大学の同級生の中には、DCブランドに身を固めたお洒落な女の子グループもいた。
しかし、私は流行にはほとんど無縁の格好をして大学生活を送った。

そんな大学4年生の冬、デパートの洋服売り場をフラッとしていたら、1枚のカーディガンが目に留まった。(上の写真)

私の好きな深い緑色で、胸の所は赤、白、青、黄色などカラフルな編み込み模様になっていた。
まるでクリスマス・ツリーみたいなカーディガンだと思って、一目惚れしてしまった。

「SUIVI」というブランド(今はもうないらしい)のもので、値段は3万円だったと記憶している。
当時の私には、3万円は大金だった。とても、ポンとすぐに払える金額ではない。

その日はあきらめて帰った。
その後、買おうかどうしようかと1週間以上も悩み、とうとう3万円を手に、そのカーディガンを購入しに行ったのだった。

お金持ちで、幾らでも高価な洋服が買える人が見たら、「な~んだ、こんなもの」と失笑されるだろう。
でも、貧乏だったあの頃の私には「とっておきの」カーディガンだったのだ。

もう今は、ほとんど着る機会もないが、大切にしまっていたのを引っ張りだしてみた。
あの頃の自分にはまだあったけど、長い間忘れていた気持ちを思い出したのだった。


「貧乏魂」という言葉が、ここで適切かどうかは、よくわからない。
しかし、貧しかった子供時代、私なりに色々な知恵や工夫で、貧乏を乗りこえてきた気がする。
貧しさにめげず、自分の力で暮らしを作っていこうとするガッツがあったと思う。

今でも覚えているが、子供時代に熱中した「リカちゃん人形遊び」。
リカちゃん人形は、かろうじて母が買ってくれた。
しかし、リカちゃんの着替えの洋服や、家具セット、食べ物の乗ったテーブルなどはとても手が出なかった。

母は洋裁を習っていたので、リカちゃんサイズで、何枚か小さな服を縫ってくれた。
そして「食卓」は、お菓子の空き箱をテーブルに見立てて、そこに美味しそうな食べ物が乗った皿の写真を切り抜いて張りつけたのだ。

今はほとんど見なくなったが、あの当時、新聞のチラシに「ローストチキン」や、果物の盛り合わせなどが乗った、食器の広告が入っていたのだ。

この「空き箱の食卓」は大活躍し、二軒隣の家の女の子と「リカちゃんごっこ」をする時、欠かせなかった。

裕福な家の子は、リカちゃんの洋服や家具も好きなだけ買ってもらえただろう。
しかし、私は特に惨めな気持ちになることもなく、むしろ「空き箱の食卓」という自分のアイデアに「悦に入って」いたのだ。

あの頃の、ハングリーだけど、オリジナルの工夫で貧乏を楽しんでいた心は、いつから消えてしまったのだろうか。


(マルチに活躍する、映画コメンテーターのLiLicoさん)


去年、「サタデープラス」という番組で、映画コメンテーターのLiLiCoさんに密着していた回があった。

私は、それまで彼女のことは大して知らなかったのだが、スターを夢見てスウェーデンから来日したものの、初めは「ホームレス生活」だった、という話に驚いた。

今は、売れっ子の映画コメンテーターとしてだけでなく、女優、女子プロレスラー、雑貨会社の経営など、多方面で活躍しているLiLiCoさん。
さぞかし収入も多いだろう。

なのに彼女は、洋服は「古着屋」を愛用して調達していて、仕事で着る洋服も、ほとんどが古着だという。
そしてさらに、「私、1万2千円以上の服は買わないんです」という言葉に、またまた驚いた。
今の彼女なら、どんな高級な服だって買えるだろうに…。

「私が番組で着ていた服を見て、自分も欲しい、と思う人がいても、20何万円、とか言われたら買えないからガッカリするでしょ?」とLiLiCoさん。

視聴者への配慮、思いやりにも感心したが、彼女自身、来日した時の「極貧」体験があるからこそ、無駄なお金は遣わないんだろうな、と思った。
実に賢明な人だなあと思って、それからは彼女に注目するようになった。

私は、未だに「浪費癖」がムクムクと頭をもたげてくることがある。
しかしそんな時には、LiLiCoさんのこの言葉を思い出し、自分の目を覚ますように心がけている。


(私が人形遊びに熱中した頃の「リカちゃん人形」)

社会人として働きはじめ、自由に使えるお金を手にしてから、子供時代の「貧乏魂」を忘れてしまっていた。
もちろん、あの頃の私に戻ることは出来ない。
それでも、お金を使わずに済むのではないか、自分で工夫すれば作れるのではないか…。
そんなガッツをもう一度取り戻したいと思う。



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