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バレエ・ダンサー 首藤康之さん

(雑誌「プシコ」の表紙を飾った首藤康之さん。端正な眼差しが素敵です❤)


昨日は、何としてもブログに書きたいことがあったのですが、1週間の疲れが限界に達したのか、帰宅すると即、そのままダウンしてしまいました…。

実は昨日は、私が長年、熱烈なファンとして応援してきたバレエ・ダンサー「首藤康之さん」の誕生日だったのです。
だから、首藤さんのことを書こうと思っていたのでした。

誕生日から1日遅れましたが、今日は私の「首藤康之ファン遍歴?」を語ってみたいと思います。


と言っても、彼のことをご存じない方も多いでしょうね。(バレエに興味のない方は特に…)
改めて紹介すると、首藤康之さんは、大分市出身の世界的バレエ・ダンサーです。
地元のバレエ研究所でバレエを習い始め、バレエの魅力に取りつかれた少年は、天賦の才能を開花させていきます。

高校には行かず、バレエ一筋に生きる決意をした首藤さんは、弱冠15歳で日本トップレベルの「東京バレエ団」に入団します。
入団後、すぐに頭角を現し、やがて世界的な振り付け家「モーリス・ベジャール」に認められ、様々な大役を与えられます。

その美しい容姿と卓越したバレエのテクニック、そして何より、他の誰にも真似できない独特のオーラで、首藤さんは国内だけでなく、海外でも高い人気を誇るトップ・ダンサーに登り詰めました。

(首藤さん、東京バレエ団退団公演で踊った最後の「ボレロ」。鬼気迫る熱演でした…!)

さて、私が首藤さんを応援し始めたきっかけは、同じ大分市出身で、彼が子供の時からステージで踊るのを見て知っていたからです。

私が子供の時からバレエが大好きだった、ということを以前の記事にも書きましたが、今以上に田舎だった35~40年前の大分市、海外・国内の有名バレエ団が公演に来ることなんて、ほとんどありませんでした。

中学時代、それでも何とかしてバレエを見たくて、大分市内の「バレエ教室」が年に1、2回開く「発表会」をせっせと見に通いました。(入場料が、あの時代で1000~2000円、私のお小遣いでも見られました)
その中に、大分市でも規模の大きな首藤さんの通う研究所もあったのです。

あの時代、バレエ教室と言えば女の子しかいない、というイメージでした。だから発表会で、可愛い男の子が1人か2人混じって踊っている姿は、すごく目立っていました。



その後、時が流れ、私も高校に入り、日々の生活や受験勉強に追われて、バレエの発表会を見に行けなくなりました。
そして大学に入学し、再びバレエの世界に目を向けると、何と、あの発表会で見た「可愛い男の子」が、期待の若手バレエ・ダンサーとして注目を浴びていたのです。
「あっ、あの子だ! いつの間にか東京バレエ団に入ってスターになったんだ!」と心底びっくりしました。
しかも昔、大分文化会館のステージで見た時は、まだあどけない少年だったのが、端正で彫りの深い「イケメン君」に成長していました。



こうして、私の「首藤康之ファン歴」は始まりました。
大学を卒業して社会人になると、お給料を注ぎ込んでは、東京バレエ団の公演を見にあちこち行きました。
公演が、たまに博多に来た時はもちろんですが、東京や大阪にも何度も何度も通いました。首藤さんがお目当てなので、当然、彼が出演する舞台を選んでチケットを買うわけですが。

多才な首藤さんを、バレエ界以外の人々も放ってはおかず、彼は演劇に役者として出演したり、他分野のアーティストに誘われて「コラボ」作品を創ったりと、活躍の場を広げていきました。
そんな首藤さんの出演作を見逃すまいと、頑張ってせっせとチケットを買い、東京、横浜、大阪、博多などに繰り出した20代~30代の頃の自分。(今思うと、よくあんなエネルギーがあったな、と感心しますが)

ある時、私が首藤さんの大ファンで、彼の舞台を見に日本のあちこち行っていると知った同僚の女性から、「あなた、それは氷川きよしの追っかけオバサンと同じね」と笑われ、えーっ!と思ってしまいました。
氷川きよしがどうこう、と言ってるわけではありません。ただ、自分の場合は、むしろ「郷土出身力士」を応援するオバサン、と言ったほうが近い気がするのですが…。

(東京バレエ団で、その才能を開花させた首藤さん。写真は「ラ・シルフィード」の舞台。相手役は、同バレエ団のプリマ・吉岡美佳さん)

またまた話が長くなりそうなので、色々省略しますが、その後首藤さんは、長年在籍した東京バレエ団を退団しました。
彼の最後の舞台は、当たり役の1つである「ボレロ」。あの振り付け家・ベジャール氏が、ほんの一握りのダンサーにしか踊ることを許さなかったバレエの最高傑作です。

私も、東京文化会館での最後の公演を見に駆けつけ、踊り終わったばかりの首藤さんに、他のファンと一緒に花束を手渡しました。
首藤さんは、まだ踊りの興奮と感動が醒めやらぬ様子で、荒い息の中、どこか違う世界を見ているような目で花束を受け取っていました。

東京バレエ団の仲間達、会場のファン達、そして首藤さん本人も、感無量で涙ぐみながらの退団公演でした。
今でも、あの舞台の感動が甦ります。


フリーになった彼は、様々な分野の方々と組んで、演劇、モダンダンス、海外の有名演出家との共演など、自由自在にその才能を活かして活躍されています。
また、東京にご自分のバレエ・スタジオも開設、多忙な日々を送っています。

(現在、最高のダンス・パートナーとして一緒に活動している中村恩恵さんと。この舞台、大分にも凱旋公演がありました)


首都圏が主な活躍の舞台となっている今、首藤さんが地元・大分市に戻って踊りを披露してくれる機会もほとんど無くなりました。
正直、長年のファンとしては寂しい思いもあります。

しかし、1つ嬉しいこともあります。彼が子供時代に在籍していたバレエ研究所では、年に1度、大規模な発表会が開かれます。
首藤さんは「恩師」への恩返しとばかりに、ここ何年も、その総合演出・振り付けを引き受けています。
彼の豊富な人脈を活かして、普段、大分ではお目にかかれないトップクラスのバレエ・ダンサーをゲストに招き、「発表会」とは思えないハイレベルの舞台を見せてくれています。

今年の夏に公演があった「コッペリア」、昨年は「県民芸術祭開幕行事」として「ドン・キホーテ」をプロデュースしました。(ちなみに「コッペリア」については、8月8日の記事にも書いています)
首藤さんと同じ「大分県民」で本当に良かった、と毎年嬉しく思うのでした。
そして、あのあどけなかった少年が、今や世界的ダンサーとして空高く羽ばたいていることに、言い様のない誇りと感慨を覚えるのでした。

(首藤さんと中村さん、共にダンスを創造するパートナーとして、息もピッタリ)

本当は、首藤さんのことをもっと語りたい気持ちですが、キリがないので、またいつか続きを書けたら、と思います。
それにしても、昨日で45歳になったなんて信じられないほど若々しい首藤さん。自分はどんどん年老いていくのに、何だか彼だけ時が止まっているようです。

これからも、変わらず素敵な首藤さんでいてほしいと願っています。
なかなか彼のパフォーマンスを見に行く機会も無くなったけれど、変わらずファンとして、応援し続けていくつもりです。

(数年前に発売された首藤さんの本。秘蔵写真も沢山載っています)


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