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「遺書」~日航機墜落事故から32年~

(手帳に書き付けられた直筆の「遺書」)


明日は8月12日。
毎年、この日が近づくと、何とも言えない重苦しい気持ちになります。

今からちょうど32年前の8月12日、羽田空港から大阪(伊丹空港)に向かっていた日航ジャンボ機が、「御巣鷹山」山中に墜落しました。
乗客・乗務員524人のうち、520人もの尊い命が奪われた、航空機事故史上、最悪の「日航ジャンボ機墜落事故」です。
私と同年代以上の方は、きっと覚えていらっしゃると思います。


32年前、つまり1985年(昭和60年)のお盆直前に起きた大惨事でした。
テレビも新聞も、この夏は「日航機墜落事故」の報道一色となりました。
私は当時、大学生になって初めての夏休み中でしたが、この事故の衝撃はあまりに大きいものでした。


連日の報道の中で、亡くなった方々の書いた「遺書」が公開され、大きな反響を呼びました。
その中の1つが上の写真の、手帳に綴られた「遺書」です。
乱れた字で、必死に手帳に書き付けた様子がわかります。
下が、このメモ(遺書)を活字に直したものです。



マリコ
津慶
千代子
どうか仲良くがんばってママをたすけて下さい。
パパは本当に残念だ きっと助かるまい
原因は分らない
今5分たった
もう飛行機には乗りたくない
どうか神様たすけて下さい

きのうみんなと食事したのが最后(後)とは
何か機内で爆発したような形で煙が出て降下しだした
どこえどうなるのか
津慶しっかりたのんだぞ

ママこんな事になるとは残念だ
さようなら
子供達のことをよろしくたのむ
今6時半だ
飛行機はまわりながら急速に降下中だ
本当に今迄は幸せな人生だったと感謝している




このメッセージを書いたのは、働き盛りのサラリーマンだった河口さん(52歳)という男性でした。
短い言葉の中に、愛する家族への想いが滲み出ていて、何度読んでも涙を禁じ得ません。


この方は、どんなに無念な想いで亡くなったのでしょうか。
大切な家族に最後まで心を残し、死んでも死にきれなかったに違いありません。
そして、「どうか神様 たすけて下さい」という一言は、極限状態に置かれた人間の心からの叫びであり、これを読んだ私も強いショックを受けました。

今、この事故の「遺書」として確認されているのは、ほんの数件です。
実は他にもきっと、最後のメッセージを書き付けた方々がいたと思いますが、墜落機と共に燃え尽きてしまい、不幸にも家族に届かなかった「遺書」が沢山あったのではないでしょうか?


この墜落事故は、まだ若かった私の「死生観」を大きく変えた気がします。
私は今でも、本当は飛行機に乗るのは嫌いです。
この事故のことを思い出すと、怖いです。
でも、仕方なく乗りますが…。
離陸する時はいつも、「もしも私が…」という想いが頭をよぎります。


極限状態に置かれた時、または「死」を覚悟した時、人は何を思うのか。
私は、もしも「その時」が来たら、誰にどんなメッセージを遺すだろう…?
32年経った今も、「あの日」が来ると、色々なことを考えてしまうのです。


今の若い世代は、この事故を知らない方が増えてきました。
でも、この事故のことはずっと語り継いでいってほしいし、亡くなった520名の人々それぞれに、「520の人生」があったことを、決して忘れてはいけないと思うのです。


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