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3.11~「あの日」から6年~

3月11日、「あの日」から今日で満6年が経ちました。
6年という月日は、被災された方々にとって、あっと言う間のようで、とてつもなく長い年月だったと思います。
私達には計り知れない様々な思いを胸に抱き、皆さん、今日の日を迎えていらっしゃるのでしょう。

6年前のあの日は、確か金曜日だったと記憶していますが、私はお休みをとっていました。まだ、前々任校に勤めていた時です。

担当学年の生徒達が全員、担任の先生と一緒に福岡で開かれる「職業体験イベント」に行ってしまい、フリーになった私は、プライベートな時間を過ごしていました。
色々な用事を済ませ、一人ランチを楽しみ、午後2時過ぎに帰宅すると、1週間の疲れが出たのか、爆睡してしまったのです。

そして夕方、私がハッと目覚めると、テレビは大地震・大津波の報道一色でした。
東北地方の街並みが、巨大な波に次々と押し流されている映像が流れ続け、アナウンサーが悲鳴に似た叫び声で実況を続けていました。

あの日、私を含めて日本中の人々が、「これは本当に現実なんだろうか…?」と思いながら、茫然とテレビを見つめていました。

あの日を境に、日本という国は大きく変わりました。「人生観」が180度変わった、という人も数えきれないほどいます。

大自然の威力の前に、人間はなんと小さくて無力な存在なのか…。
当たり前だった「平凡で穏やかな日常」は、なんと呆気なく崩れ去るのか…。

昔から言われる「無常観」という言葉があります。
あの「方丈記」や「徒然草」に書かれた古人の言葉が、今さらのようにリアルに迫ってくるのでした。

「東日本大震災」に関連して、つい1週間前、NHKで見たある番組が心に残っています。

下に、一部転載させていただいたのは、「おはよう日本」の番組紹介ですが、これと全く同じ内容が、東日本大震災関連のある番組でも放送されていたのです。

大津波で、大切な「伴侶」を失った二人の男性を取材、それぞれが新しい人生を生き直したいと、再婚を決意する心境が紹介されていました。

妻の死から6年が経過、それでも「再婚は、死んだ妻に申し訳ない」という気持ちが強く、なかなか前に踏み出せない…。

相手の女性も、「震災さえなければ、彼は今も元の奥さんと幸せに暮らしていただろうに…」と、複雑な気持ちを抱え、悩んでいました。

「幸せになりたい」という思いは、誰にでもあって当然なのに、震災はなんと残酷なのだろう、と感じました。
それでも、ためらう心を振り切り、新たな人生をスタートさせた二組のカップル。
番組の終わりには、私もジーンとしてしまいました。

絶望から立ち直り、新たな一歩を踏み出す人達。
しかし、私達も決して他人事ではないと、気持ちを新たにしました。
また、「極限状態」に陥った時、本当に価値があるのは、お金よりも人との絆、助け合いの精神だということ…。

「明日は我が身」、もしも自分が大災害に見舞われたら、その時どう行動すべきなのか…。
色々なことを考えながら、今日1日、鎮魂の思いを新たにしたいと思います。



【NHK「おはよう日本」ダイジェスト 】より
(一部省略しています)


和久田
「これは、仙台にある結婚相談所に寄せられた声です。
『妻が震災で亡くなり、さみしくてしかたがない』『忘れたわけではないが平凡な家庭を取り戻したい』。」


阿部
「東日本大震災では多くの人が妻や夫を失いました。
それからまもなく6年。
新たな伴侶と歩み始めた人がいます。」


震災6年 “再婚” それからの家族

リポート:小泉知世(仙台局)

中古車販売会社を営む小林晃(こばやし・あきら)さんです。
津波で沿岸にあった事務所を流され、1人で再建しています。

小林晃さん
「常に不安と背中合わせ。
あまり考えすぎないようにやっている。」

災害公営住宅で暮らす小林さん。
家事と母親の介護を担っています。

妻の眞弓(まゆみ)さんです。
震災の津波で亡くなりました。


小林さんが大切にしているものがあります。
がれきの中から唯一見つかった、眞弓さんとの結婚写真です。
子どもがいない2人。
喜びや悲しみを分かち合いながら歩んできました。

小林晃さん
「二人三脚で歩いてきたから、『お互いそうやって年取っていくんだろうな』としか思っていなかった。
現実はそうできなかったことで、つらかった。」


突然、眞弓さんを失った小林さん。
会社の建て直しに打ち込みますが、夜、家に帰るといつも1人。
次第に仕事を休みがちになっていきました。

小林晃さん
「自分の人生はどうなっていくのか、このまま1人でいたら。
走れない、1人ではもう。」

何のために、誰のために生きているのか。
見失いかけていたとき、1人の女性と出会いました。

佐々木悦子(ささき・えつこ)さんです。
1人で子どもを育てていました。
小林さんは悦子さんにひかれる一方、複雑な思いも抱えていました。

小林晃さん
「やはり遠慮みたいな、何か戸惑い、あるにはあった。」
「妻・眞弓さんに対して?」
小林晃さん
「はい…。」

悦子さんも、ためらいを感じていました。

佐々木悦子さん
「(眞弓さんは)今も亡くなっていなかったら、小林さんと生活しているだろうし。」


それでも、少しずつ過ごす時間が増えていった2人。
小林さんは悦子さんと娘を家に招くようになりました。

うれしいことも、悩んだことも分かち合うことのできる日常。
その意味をかみしめています。

ともに生きていくことを考え始めた2人。
この日、記念写真を撮ることにしました。
しばらくは結婚という形はとりませんが、今の気持ちを残したいと考えたのです。


小林晃さん
「“人生再スタート”、そんな感じになった。」



リポート:茂木里美(盛岡局)

家族を失った人たちが抱える複雑な思い。
それを乗り越え、再婚した人もいます。

小島幸久(おじま・ゆきひさ)さんです。
一昨年(2015年)、さちこさんと再婚。
去年(2016年)11月に、男の子が生まれました。



小島幸久さん
「赤ん坊を見ると、無理してでも頑張ろうって気になった。」

小島さんは、一緒に暮らしていた両親、妻、娘の家族4人全員を失いました。

1人娘の千空(ちひろ)ちゃんは当時、小学1年生。
お父さんが大好きな、活発な女の子でした。(中略)



家族との未来を奪われ、1人残された小島さん。
知人から紹介されたのが、独身だったさちこさんでした。
次第にひかれ合っていった2人。
結婚を意識した小島さんは、心の中にある家族への思いを打ち明けました。

小島幸久さん
「(亡くなった)紀子や千空を忘れることはできないから、ぐっと心の中だけで止めるというのは、俺が自分にうそをついている感じになってしまう。」


妻と娘を忘れられないということばに、さちこさんは戸惑いました。
しかし、正直な気持ちを伝えてくれた小島さんをありのまま受け入れ、共に歩んでいこうと決めました。

妻 さちこさん
「新しい家族を作りたいと思ったのは逆にすごいなというか。
震災がなければなかったことだったんで、みんなで幸せにならないと。」(以下、省略)




阿部
「亡くなった最愛の人への思いを抱えながらも、つらい体験を乗り越えていくには共に生きていく人の存在は大きいですよね。」

和久田
「日常を支え合い、分かち合うことは、かけがえのないものですね。
仙台の結婚相談所によると、5年目の法要が過ぎた一昨年ごろから、再婚を希望する人からの問い合わせが増えてきているということです。」

(NHKオンライン より)


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